聊起《朋友》这回事儿呀

聊起《朋友》这回事儿呀

2015-06-28    18'09''

主播: 桃子奶奶

18510 1147

介绍:
友達   じっと向かい合って、何も語ることもなく、いつまでもいつまでも黙っている、それでいて、互いの心の中は、ちょうど自分の心と同じようによくわかっている。ひとつの目つき、ひとつの微笑が、その心持ちを物語るのに十分なのだ。    互いに信じ合い、互いに愛し合って、少しの疑いもその間にない友達がひとりでもあれば、私たちは二重に人生を生きることができるのだ。ただ自分ばかりでなく、友達によっても生きることができるのだ。うれし時は友達によって祝福され、悲し時は友達によって慰められ、友達によって苦しさから救われる。こんな友達があったら、どんなに幸福なことであろう。   良い友達であることは、良い父であり、良い兄弟であるのよりいっそう困難である同時に、いっそう重要なことでもある。良い父や良い兄弟には努めなくてもなりえよりが、良い友達であることは、十人のうち七、八人までが生まれながらでは不可能である。たいていの人はそれには、品性をりっぱにし、人格の向上に努めることを必要とするのだ。   隣人の愛とか、人間愛とか、仁愛とかいうことは、まず友達の愛から始めなければならない。利害を離れ、純粋に友達を愛することができれば、愛の世界の鍵はすでに握られているのである。   友達を得るのは、主として運である。どんなにいい友達になれる人が、この世界のどこがにいても、一生巡り合わないでしまえばそれまでである。また、どんなにいい友達になり得る人でも、ほかの偶然な理由から、互いに理解するにであった人たちが、ある外面的 なちょっとした事情のために、最も激しい敵となっていることさえ少なくないのである。   友達運のいい人は真に幸福な人である。財産を恵まれるよりも、名誉を受けられるよりも、そのほか、いかなる利益を与えられるよりも、いい友達を持ったほうが本当の人間らしい。いい友達は人間にとって、最も感謝すべき幸運なのである。    同じ国、同じ年、同じ研究をする人達の間でも、真の友達を得ることは容易なことではない。まして、国籍が違い、風俗習慣もまた趣味も異なった人たちの間に真の友達を得ることは、もっと困難である。こう考えるとき、私たちが今、この日本語学校で世界各国の学生たちと共に勉強できるということは、また、広く世界各国の学生たちと本当の意味の友達としてお付き合いできるということは、この上ない喜びと言わなければならない。