《父のこと》(中)

《父のこと》(中)

2016-07-27    05'21''

主播: 大黒

189 7

介绍:
《父のこと》(中) 原文 父は子供にも滅多に怒ることのない人だった。ときに叱ることがあっても、一言か二言いうだけで、そのあと、父の顔にはきまって困ったような、戸惑いが浮かんでいた。 若かったときの父は、かなり酒を飲んだようだが、年をとってからは、血圧が高かったせいもあって、あまり飲まなかった。 私が医学部に入り、血圧の測り方をおぼえて初めて測ったのは父であった。 母は、私が一人前の医師になっても信用せず、病気のことはすべて内科医の義兄に相談していたが、父は私にきくこともあった。 五十を過ぎてからの父は、よく横になってテレビを見ていた。父の好きなのは国会討論会のような政治番組と相撲であった。総選挙の開票速報などは、午前零時を過ぎても起きて熱心に見ていた。 母が「よく、あんなものが面白いものだ」と呆れて先に寝た。 そのあと、父と二人でテレビを見ながらも、互いに話すことはほとんどなかった。 「寝るか」といわれて、「ああ」とテレビを消すくらいのことだった。 それ以外のことについても、父とゆっくり話したことはなかった。大学へ進学するときも、専攻を決めるときも、母は即座に意見をいうが、父はまず「お前はどこにゆきたいのだ」とうなずくだけだった。 それにしても、父と二人だけでいる情景で想い出すことは少ない。 碁や将棋は父から教わったが、途中からは私の方が強かった。初めは私から「やろう」と声をかけたが、途中からは、父のほうから誘ってくることが多くなった。 そんなとき、私は少し面倒くさそうに相手をした。 いつのころからか、私は少しずつ生意気になっていた。 中学生のころ部屋のなかにスキーを持ち込んで、エッジをつける溝を彫っていると、父が明け方まで起きて手伝ってくれた。そのときも、私はとくに礼もいわなかった。 もちろん、父から勉強を教わっても、「ありがとう」と、いったことはなかった。