【27】《梦十夜-第一夜》  夏目漱石

【27】《梦十夜-第一夜》 夏目漱石

2018-07-07    09'24''

主播: 鹿谷鹿谷鹿

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介绍:
第一夜  こんな夢を見た。  腕組をして枕元に坐(すわ) っていると、仰向(あおむき) に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭(りんかく)の柔(やわ)らかな瓜実(うりざね)顔をその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇(くちびる)の色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然(はっきり)云った。自分も確(たしか) にこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗(のぞ) き込むようにして聞いて見た。死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を開(あ)けた。大きな潤(うるおい)のある眼で、長い睫(まつげ)に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸(ひとみ)の奥に、自分の姿が鮮(あざやか)に浮かんでいる。 自分は透(す)き徹(とお)るほど深く見えるこの黒眼の色沢(つや)を眺めて、これでも死ぬのかと思った。それで、ねんごろに枕の傍 (そば)へ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると女は黒い眼を眠そうに睜(みはっ)たまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。  じゃ、私の顔が見えるかいと一心(いっしん)に聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。  しばらくして、女がまたこう云った。 「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片(かけ)を墓標(はかじるし) に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから」  自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。 「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」  自分は黙って首肯(うなず) いた。女は静かな調子を一段張り上げて、 「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。 「百年、私の墓の傍(そば) に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」  自分はただ待っていると答えた。すると、黒い眸のなかに鮮 に見えた自分の姿が、ぼうっと崩(くず) れて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。長い睫の間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。  自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きな滑(なめら)かな縁(ふち)の鋭(する) どい貝であった。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿(しめ) った土の匂(におい)もした。穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。  それから星の破片(かけ)の落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。長い間大空を落ちている間(ま) に、角(かど)が取れて滑(なめら) かになったんだろうと思った。抱(だ) き上(あ) げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。  自分は苔)こけ)の上に坐った。これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石(はかいし) を眺めていた。そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定(かんじょう)した。  しばらくするとまた唐紅(からくれない) の天道(てんとう)がのそりと上(のぼ) って来た。そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した。  自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。しまいには、苔(こけ) の生(は)えた丸い石を眺めて、自分は女に欺 (だま)されたのではなかろうかと思い出した。  すると石の下から斜(はす)に自分の方へ向いて青い茎(くき)が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺(ゆら)ぐ茎 の頂(いただき)に、心持首を傾(かたぶ) けていた細長い一輪の蕾(つぼみ)が、ふっくらと弁(はなびら)を開いた。真白な百合(ゆり) が鼻の先で骨に徹(こた) えるほど匂った。そこへ遥(はるか) の上から、ぽたりと露(つゆ) が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴 (したた)る、白い花弁(はなびら)に接吻(せっぷん)した。自分が百合から顔を離す拍子(ひょうし)に思わず、遠い空を見たら、暁(あかつき)の星がたった一つ瞬(またた) いていた。 「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。