芥川龍之介←_←ハンケチ

芥川龍之介←_←ハンケチ

2016-02-25    03'49''

主播: ヒフエ

1301 90

介绍:
(旧版假名版本) ハンケチ 芥川龍之介 先生は、婦人の手が、はげしく、ふるへてゐるのに気がついた。ふるへながら、それが感情の激動を強ひて抑へようとするせゐか、膝の上の手巾を、両手で裂かないばかりに緊(かた)く、握つてゐるのに気がついた。さうして、最後に、皺くちやになつた絹の手巾が、しなやかな指の間で、さながら微風にでもふかれてゐるやうに、繍(ぬひとり)のある縁(ふち)を動かしてゐるのに気がついた。――婦人は、顔でこそ笑つてゐたが、実はさつきから、全身で泣いてゐたのである。 それから、二時間の後である。先生は、湯にはいつて、晩飯をすませて、食後の桜実(さくらんばう)をつまんで、それから又、楽々と、ヴエランダの籐椅子に腰を下した。 例のストリントベルクも、手にはとつて見たものの、まだ一頁も読まないらしい。それも、その筈である。――先生の頭の中は、西山篤子夫人のけなげな振舞で、未だに一ぱいになつてゐた。  先生は、飯を食ひながら、奥さんに、その一部始終を、話して聞かせた。さうして、それを、日本の女の武士道だと賞讃した。日本と日本人とを愛する奥さんが、この話を聞いて、同情しない筈はない。先生は、奥さんに熱心な聴き手を見出した事を、満足に思つた。 先生は、今まで閑却されてゐた本に、気がついて、さつき入れて置いた名刺を印に、読みかけた頁を、開いて見た。 ストリントベルクは云ふ。――  ――私の若い時分、人はハイベルク夫人の、多分巴里(パリ)から出たものらしい、手巾のことを話した。それは、顔は微笑してゐながら、手は手巾を二つに裂くと云ふ、二重の演技であつた、それを我等は今、臭味(メツツヘン)と名づける。……