哲学はなぜ役に立つのか

哲学はなぜ役に立つのか

2016-01-28    11'58''

主播: 索谓

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介绍:
◆著者プロフィール 著者である萱野稔人さんは1970年生まれの哲学者、津田塾大学教授。 パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了された方です。(哲学博士) 哲学に軸足をおきながら現代社会の問題を幅広く論じられており、現在は朝日新聞社「未来への発想委員会」委員、衆議院選挙制度に関する調査会委員などを務めています。 主な著書に『国家とはなにか』『ナショナリズムは悪なのか』などがあります。 こんにちは、ブックナビゲーターの矢島雅弘です。 「哲学」と聞くと眠くなってしまうという方が見えるかも知れませんが、哲学って実は頭が良くなる学問なんです。 政治・経済には関心があるけど、哲学は苦手……今回はそんな方に強くオススメしたい一冊をご紹介します。 さて、本書ですが、月刊誌『サイゾー』に連載されていた『哲学者・萱野稔人の超現代哲学講座』(全40回)のうち、前半20回分を、大幅に加筆・修正して単行本化したものなんです。 連載時のタイトルもそうですが、著者自身も本書を「哲学の入門書」と位置づけています。 しかしながら、この本は一般的に言う「哲学の入門書」とは、ちょっと毛色が違います。 一般的な「哲学の入門書」というと、ソクラテスが?、プラトンが?、アリストテレスが?、ニーチェが?、と「哲学の流れ」いわゆる哲学史を教えるものが主流ですよね。 でも、この本は違います。 この本は、そういった哲学史上の議論を主題としたものではなく、哲学の本質である「概念を使った考え方」を用いて、各種時事問題を読み解き、考察し、それを通じて、哲学という学問の有用性を伝える一冊なのです! ざっくり言い換えると「哲学者の著者が、哲学ってこうやって使えるんだぜ?、という事例を読み物として提供してくれる一冊」ですね。 ですから、表面的には、政治・経済問題を語った本として読むことができ、その読みやすさは、まさに雑誌のコラム、人文科学系の新書と同じくらいだと思います。 そして、本書を通じて著者の萱野さんが伝えたいことは、おそらく「哲学」というものの有用性なのでしょう。 本書のタイトルも「哲学はなぜ役に立つのか?」ですしね! で、この哲学の有用性、哲学はなぜ役に立つのか?というお話ですが…… 萱野さんは本書でこう言っています。 「哲学とは、ものごとをとらえるために概念的に考えたり、概念を練り上げたり、新たに概念を創出したりする知的営みのことである」と。 これだとまだちょっと難しそう。 でも、萱野さんはこうも言っているんです。 「つまり、哲学というのは概念をつかって考えることなのです。」 「逆にいえば、概念をつかって考えれば、すでにそれは哲学なのです。」 ここまでくると、え?哲学ってそれでいいの!?って感じになりますよね。 例えば、ラーメン屋さんに行って、 「お待たせしました、汁なしラーメンです」 と、スープの無いラーメンを出されたときに、 「ちょっと待て、スープが無いものをラーメンと呼んで良いのか?それはつけ麺とか、油そばとか、まぜそばとか、そう呼ばれるものじゃないのか? というか、ラーメンっていう概念はどこからどこまでだ? ラーメンとは、何を以ってラーメンと言えるのだ?」 とか考えたら、それはもう哲学っていうことですものね! でも、それで良いみたいです。 哲学の本質と言うのは、萱野さん曰く、とてもシンプルなものなのだとか。 ちなみに、今のラーメンのお話は僕のオリジナルなので、本書には載っていません。 ご安心下さい。 本書ではもうちょっと、真面目な問題を取り扱っています。 繰り返しになりますが、本書は各種時事問題を、哲学者である著者が、哲学の本質である「概念を使った考え方」によって、読み解き、考察をしている本です。 取り上げられている時事問題は、政治・経済・道徳などを主軸として、各項目名を挙げていくと、 ・グローバリゼーションのもとでも消滅しない国家権力の本質とは? ・市場が拡大しない成熟社会で経済を活性化させる知的戦略とは? ・中国の民主化運動と反日ナショナリズムのねじれた関係 ・インターネットの普及は政治をどう変容させるか? ・「人を殺してはいけない」という道徳と死刑は両立するか? ・ヤクザ組織と国家のあいだにあるもの ・なぜ日本の外交力は弱いのか ・なぜ再分配で世代格差は広がってしまうのか などなど、色々なテーマを扱っています。 今回は、その中でも比較的簡単な「ルールを制するものが世界を制す」こちらのお話をかいつまんでご紹介しましょう。 ここでいうルールというのは、スポーツやゲームのルールから、法や制度に至るまで、あらゆる規則のことを指します。 萱野さんはまず、哲学とルールの関係について、こう語ります。 ルールの根底にはつねに概念の働きがあるので、概念をもちいて世界を秩序だてていくという点で、哲学とルールは密接につながっている、と。 ここで、例に挙げられるルールが、30?40代以上の方には懐かしいこのルール。 「部活の練習中に水を飲むな」 運動部だった方は、部の暗黙の了解として、このルールを守らされていた人も多いのではないでしょうか?萱野さんも、経験があるそうです。 今ではありえないこのルールですが、当時から理不尽だ、意味がない、という反論はありましたよね。 そこで萱野さんはこう述べています。 「ここで問題なのは、合理的な根拠がまったく示されないまま、あるいはそれを無視して、水を飲むなというルールが強制されていたことです。」 ちょっと注意が必要なのは、ルールを強制されることそれ自体は問題ではないということです。 言い方は悪いですが、納税とか道路交通法は、国から強制されていますからね。 問題なのは「根拠がちゃんと示されていないこと」の方です。 ここでいう「ちゃんと」とは「概念的に」ということ。 例えばですが、「練習中に水を飲むと、パフォーマンスが落ちるからダメ」という根拠がキチンと「科学的な知見」あるいは「経験則」や「前例」から示されていれば、それはOKなんです。 ただ……「部活の練習中に水を飲むな」というルールは、まったくの逆でしたよね。 ここで萱野さんは、少し視点を変えて、日本人のルール観のお話を始めます。 曰く「日本社会では、そうした概念によるルールの正当化ということがまったく重視されていません」とのこと。 これは少し分かりますね……。 以前に比べれば、理不尽なルールは減りましたが、それでも会社とか村社会とかには、謎の暗黙のルールが存在していて、しかも、それに従うことが第一で、ルールそのものの是非を問おうものなら、空気の読めないヤツ、場を乱すヤツ、というレッテルを貼られる。 ひどい場合は、何かしらの制裁処置が待っている。 だからこそ、日本人の中には「どんなルールにせよ、ルールに従うことが美徳」「ルールだから仕方ない、従うか」という人が少なからずいるのは事実でしょう。 でも、これだと、国際社会の中では不利なんです。 というのも、ルールと言うのは、基本的には人間が作るものですから、作る際に、そのルールを正当化する概念を考察しなければいけません。 「ルールの正当化がまったく重視されていない日本社会」のままでは、今後、国際的なルールを作るにあたって、関係諸国との話し合いで不利をこうむる可能性が高いんです。 例えば、これから貿易に関するルールを策定するとして、欧米諸国を相手にしたら、欧米諸国は自国に有利なルールを策定すべく、そのルールを正当化する概念を考察しはじめます。 そのとき、もし仮に、日本側がそのルールについて、概念的に考察できないと……相手に有利なルールで貿易をおこなうことになってしまうんですね。 もちろん、官僚や政治家はその辺りを勉強していると思いたいのですが、僕ら一般国民も、ルールと言うものを概念的に捉える必要があるはずです。 だからこそ、この本で萱野さんは、ルールについて、哲学的に、概念的に考えることを実演して見せてくれているんです。 この辺り、詳しく知りたい方は是非、本書をお手にとってみて下さい。 というわけで、こちらの本。 個人的には、ものすごく刺激的で面白く読ませて頂きました。 普段何気なく目にしているニュースでも、概念を用いて考えると、頭が整理されて、何を問題とすべきか、何が問題か、という事が分かってくるんですね。 ちなみに、こうやって概念を用いて考える、あるいは、概念化するという事は、 頭が良い人は、いつも当たり前のようにやっている事なのだそうです。 つまり!この本を読んで、概念を用いて考えるということが、どういうことか分かれば、あなたも頭が良い人の仲間入りです! 普段、ニュースを何気なく見ている人、ぜひコチラの本を読んでみて下さい。 最後に一つ、本好きな方には嬉しい情報。 本書で取り扱っている問題一つごとに、萱野さんは「副読本」として、中々に読み応えのありそうな推薦書を提示してくれています。 政治・経済・人文科学に興味のある方は、ぜひそちらもご参考に、芋づる式読書を楽しんでみて下さい。