《罠の中》(八) 原文
行雄は低い声を出した。「大学大学って気取りやがってさ、その上まだ大学院で遊ぼうってのか」
「兄さん」
「おい、それちょっと言い過ぎじゃないか」
敦司の顔も険しくなった。「それはひがみ根性ってものだぜ」
「なんだと、この野郎」
「誰かが止める暇もなかった。気がついた時には、行雄が敦司の襟首を掴んでいたのだ」
そしてそのまま床に倒れこんでいた。
「おい、何をやってるんだ?」
孝三が叫んだが、二人の耳には届いていないようだった。もつれあったまま、カーペットの上で殴り合いの喧嘩を始めたのだ。
「やめろ」
利彦が間に入り、敦司の身体を押さえこんだ。引き離されると、行雄はその場にあぐらをかいた。
「いったいどういうことなの?」
行雄の母親の喜久子が駆け寄って尋ねたが、息子はふてくされたままだった。それで利彦が喧嘩の経過を説明した。