【28】夏目漱石《梦十夜-第二夜》(原文见详情)

【28】夏目漱石《梦十夜-第二夜》(原文见详情)

2018-07-09    07'27''

主播: 鹿谷鹿谷鹿

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介绍:
こんな夢を見た。  和尚(おしょう)の室を退(さ)がって、廊下 (ろうか)伝(づた)いに自分の部屋へ帰ると行灯 (あんどう)がぼんやり点(とも)っている。片膝 (かたひざ)を座蒲団(ざぶとん)の上に突いて、灯心を掻(か)き立てたとき、花のような丁子 (ちょうじがぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。  襖(ふすま)の画(え)は蕪村(ぶそん)の筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近(おちこち) とかいて、寒(さ)むそうな漁夫が笠(かさ)を傾(かたぶ)けて土手の上を通る。床(とこ)には海中文殊(かいちゅうもんじゅ)の軸(じく)が懸(かか)っている。焚(た)き残した線香が暗い方でいまだに臭(にお)っている。広い寺だから森閑(しんかん)として、人気(ひとけ)がない。黒い天井(てんじょう)に差す丸行灯(まるあんどう)の丸い影が、仰向(あおむ)く途端(とたん)に生きてるように見えた。  立膝(たてひざ)をしたまま、左の手で座蒲団(ざぶとん)を捲(めく)って、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとく直(なお)して、その上にどっかり坐(すわ)った。  お前は侍(さむらい)である。侍なら悟れぬはずはなかろうと和尚(おしょう)が云った。そういつまでも悟れぬところをもって見ると、御前は侍ではあるまいと言った。人間の屑(くず)じゃと言った。ははあ怒ったなと云って笑った。口惜(くや)しければ悟った証拠を持って来いと云ってぷいと向(むこう)をむいた。怪(け)しからん。  隣の広間の床に据(す)えてある置時計が次の刻(とき)を打つまでには、きっと悟って見せる。悟った上で、今夜また入室(にゅうしつ)する。そうして和尚の首と悟りと引替(ひきかえ)にしてやる。悟らなければ、和尚の命が取れない。どうしても悟らなければならない。自分は侍である。  もし悟れなければ自刃(じじん)する。侍が辱(はずか)しめられて、生きている訳には行かない。綺麗(きれい)に死んでしまう。  こう考えた時、自分の手はまた思わず布団 (ふとん)の下へ這入(はい)った。そうして朱鞘(しゅざや)の短刀を引(ひ)き摺(ず)り出した。ぐっと束(つか)を握って、赤い鞘を向へ払ったら、冷たい刃(は)が一度に暗い部屋で光った。凄(すご)いものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先(きっさき)へ集まって、殺気(さっき)を一点に籠(こ)めている。自分はこの鋭い刃が、無念にも針の頭のように縮(ちぢ)められて、九寸(くすん)五分(ごぶ)の先へ来てやむをえず尖(とが)ってるのを見て、たちまちぐさりとやりたくなった。身体(からだ)の血が右の手首の方へ流れて来て、握っている束がにちゃにちゃする。唇(くちびる)が顫(ふる)えた。  短刀を鞘へ収めて右脇へ引きつけておいて、それから全伽(ぜんが)を組んだ。――趙州(じょうしゅう)曰く無(む)と。無とは何だ。糞坊主(くそぼうず)めとはがみをした。  奥歯を強く咬(か)み締(し)めたので、鼻から熱い息が荒く出る。こめかみが釣って痛い。眼は普通の倍も大きく開けてやった。  懸物(かけもの)が見える。行灯が見える。畳(たたみ)が見える。和尚の薬缶頭(やかんあたま)がありありと見える。鰐口(わにぐち)を開(あ)いて嘲笑(あざわら)った声まで聞える。怪(け)しからん坊主だ。どうしてもあの薬缶を首にしなくてはならん。悟ってやる。無だ、無だと舌の根で念じた。無だと云うのにやっぱり線香の香(におい)がした。何だ線香のくせに。  自分はいきなり拳骨(げんこつ)を固めて自分の頭をいやと云うほど擲(なぐ)った。そうして奥歯をぎりぎりと噛(か)んだ。両腋(りょうわき)から汗が出る。背中が棒のようになった。膝 (ひざ)の接目(つぎめ)が急に痛くなった。膝が折れたってどうあるものかと思った。けれども痛い。苦しい。無(む)はなかなか出て来ない。出て来ると思うとすぐ痛くなる。腹が立つ。無念になる。非常に口惜(くや)しくなる。涙がほろほろ出る。ひと思(おもい)に身を巨巌(おおいわ)の上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃに砕(くだ)いてしまいたくなる。  それでも我慢してじっと坐っていた。堪(た)えがたいほど切ないものを胸に盛(い)れて忍んでいた。その切ないものが身体(からだ)中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようと焦(あせ)るけれども、どこも一面に塞(ふさ) がって、まるで出口がないような残刻極まる状態であった。  そのうちに頭が変になった。行灯(あんどう)も蕪村の画も、畳も、違棚(ちがいだな) も有って無いような、無くって有るように見えた。と云って無(む)はちっとも現前(げんぜん)しない。ただ好加減(いいかげん) に坐っていたようである。ところへ忽然(こつぜん)隣座敷の時計がチーンと鳴り始めた。  はっと思った。右の手をすぐ短刀にかけた。時計が二つ目をチーンと打った。